概要
長野大学の訴訟問題を一言で表現すると、学内で発生していた「不正が疑われる行為」に対して、「不正調査を求めた教員ら」が、逆に懲戒処分を受けたことである。つまり、この問題の背景は、長野大学の大学当局が、不正調査の報復として、懲戒処分を濫用したことが疑われることにある。
今回の裁判は大学側の懲戒権の濫用に対しての無効と損害賠償を求めた訴訟となる。
この問題の過程を以下に詳述する。
学内で不正が疑われる行為が発見され、調査開始
2019年2月頃から長野大学において、理事者を含む学内外の複数の者が関わって、教育設備の目的外使用、不正が疑われる不明朗なお金の流れが確認された。
当初は長野大学の教育施設を無許可で様々な営利活動に使用していたり、学外者と学内者が、共同で自身の営利事業を営むために長野大学の教室やコンピュータなどの無断利用(目的外使用)に加え、さらには教育予算を目的外使用していることが疑われた。
さらに同時に学内の別の予算などで不明朗なお金の流れがある可能性が指摘された。このことは架空発注のような直接的なものだけでなく、学生が「不適切なお金の処理の隠れ蓑」として利用されている可能性も指摘された。
つまり、不明朗なお金の流れは、かなり複雑で難解な状況であった。
これらの問題に対して複数の教員が、中村英三学長に調査を求めた結果、学長と事務局長の指示の下、学内で複数の公式な調査委員会を立ち上がり不正調査が行われた。つまり、当初は、大学当局も消極的ながらも不正調査を行っていた。
深刻な不正が疑われる不明朗なお金の流れが発覚
不正が疑われる行為のうちの一つから、2019年10月に架空発注を疑われる100万円を超える不明朗なお金の流れが発覚した。以下、この事件を「深刻な不正が疑われる不明朗なお金の流れ事件」と呼ぶ。
このとき大学当局から、「不明朗なお金の流れに関わっている職員ら」に、通報者の氏名や通報内容、不正調査の内容が伝えられた(長野大学では内部通報者が保護されない)。さらに、大学当局は、この不明朗なお金の流れに関しての調査を強く拒んだ。
そこで、教員らはある上田市議会議員を通して、上田市長と副市長に報告・相談したところ、上田市長の指示で不正の調査が始まった。
その結果、新たに芋づる式に多額の不明朗なお金の流れや物品が発見された。
ここで特に問題となったのは、問題が発覚後、関わっている職員が、その問題を穴埋めするために、さらに不明朗な会計処理を行ったことから、不正の隠蔽工作が疑われた。
関与していた幹部職員が2020年に懲戒処分を受け退職した(学内への公表は2020年4月1日)。その数カ月後、関わっていた理事も退職した。
この事実は、長野大学は認めているが、学外への公表は一切されておらず、当該年度の監査報告書にも記載されなかった。
長野大学の平井利博理事長によれば、「当法人の定める『懲戒処分発表・公表指針」に照らし、明らかにできません。」、また、「当該非行は、私学時代の流れに関するものです」と文書により説明されています。
このように非行があったことは事実であるようです。また、この非行は公立大学になってから行われていますが、「私学時代の問題」であると長野大学の理事長は説明しています。
大学当局の矛先が、「不正調査を求めた教員」へ
この「深刻な不正が疑われる不明朗なお金の流れ事件」の発覚以降、大学当局の矛先は、不正そのものではなく、「不正調査を求めた教員」に向けられた。つまり、不正発覚後、不正そのものではなく、大学当局は、「不正調査の手続き」を問題視し、不正調査を求めた者の追及を始めた。
この事件において不可解なことは上田市の部長も、「不正調査を求めた者」へのクレームを述べたことである。
この「深刻な不正が疑われる不明朗なお金の流れ事件」の発覚に伴い複数の関係者が退職することになったが、上田市の部長がわざわざ長野大学に来学し以下のことを述べた。
・気に入らないヤツがいると、取るに足らないことで吊るしあげて、次々と辞めさせているそうじゃないですか。
・こういうことが続くと上田市にガバナンス委員会を立ち上げて上田市が大学を管理するので、大学の自治ができなくなる。
・第三者委員会の報告を早く出すように学長に求める。
未だ全ての「不正が疑われる不明朗なお金の流れ」は明らかになっていないこと
上田市長の指示によって不正と考えられる行為が発覚し、一部の職員が処分されて「不明朗なお金の流れ」に関する問題は決着したかのように見えるが、実際には、2019年から2020年に追及された「不正が疑われる不明朗なお金の流れ」は、その多くが未だに明らかになっていない。
「不正の調査を求めた教員」に、大学当局の矛先が向けられたことで、「不正が疑われる不明朗なお金の流れ」の調査が有耶無耶になっているのが現状である。
第三者委員会の設置
不正自体ではなく、不正調査の手続きの問題を調査するために「公立大学法人長野大学 第三者委員会」が立ち上がった。
しかし、この第三者委員会は十分な調査(関係者への照会など)をしないまま 2021年3月4日に報告書が提出された。しかし、その報告書は、学内で一時的に閲覧可能としたものの、その後、非開示となり一切閲覧ができなくなった。
その後、「不正調査を求めた教員」への嫌がらせは続いたが、しばらく大学側の大きな動きはなくなった。
多数の教員の懲戒処分と訴訟問題
不正調査から約3年後、蒸し返すように2022年10月26日に、大学の不正調査を求めた教員らが、逆に懲戒処分を受けた。5名もの教員が「不正調査を学長に求めた」ことを理由に懲戒処分を受けた。
2022年12月9日に、企業情報学部教授の田中法博教授が提訴し訴訟問題に発展した。田中教授はこの処分について違法無効を訴え、長野地方裁判所に提訴した。
本件懲戒処分の違法行為は
労基法91条違反:減給10%3ヶ月の処分は、労働基準法で定められた限度を超えている。
労働契約法15条違反:懲戒処分の内容が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない。
懲戒処分の一部が違法であることが証明
懲戒処分が労基法91条違反であることを訴状と記者会見で指摘(2022年12月9日)したところ、大学は慌てて懲戒処分の訂正を行った(信濃毎日新聞 2022年12月17日)。
さらに、2022年12月27日に、原告がさらなる労基法違反を指摘したところ、2023年1月16日に、こちらも慌てて賞与部分の減給を撤回した。信濃毎日新聞の報道(2023年1月17日)によれば、4名の教員に対して、合計94万7千円余りの減給の撤回をしている。
つまり、訴訟が起こされなければ、長野大学は教員に対して、違法に合計94万7千円の被害を与えていたことになる。
違法な懲戒処分を行った者(大学側)の責任
違法な懲戒処分を行ったことは社会通念から考えて、大きな責任問題が生じるはずであるが、違法な懲戒処分を行った者(大学側)の責任は明らかになっていない。
長野大学の規程では、「法令などに違反した事務手続きを行った場合」は、懲戒処分の対象となることが明記されているはずである。
裁判の争点
裁判自体は、懲戒処分が行われたことに対して、実際に「非違行為が存在していたかどうか」を争うことになった。懲戒処分で指摘された非違行為は3つあり、それぞれが争点となっている。
争点1 副学長(理事)が目的外使用していたことが疑われた教育研究費(ゼミ費など)の扱いについて
【大学側の主張】次年度の予算要望時に「原告が予算執行に学長の許可を必要とするように、原告が要望したこと」で副学長は教育研究費が使えなくなった。
【原告の主張】そもそも副学長は教育研究費の申請手続きを適切に行っていなかったので、本来、使用することはできなかった。しかし、教育研究費が使えなければ、学生の教育活動に支障がでるので、むしろ予算を使えるようにするために「学長の許可を得るという手続きを加えて、副学長が予算執行できるように要望」した。
争点2 学部の教育用サーバを停止したことについて
【大学側の主張】学部の教育用サーバを停止して、アクセスできなくしたことは問題である。
【原告の主張】サーバ停止は合理的理由があり、適正な手続きのもとで行った。不正調査の過程で,上田市や本学の要職者が、未成年の学生と飲酒をしていることが疑われる写真、女子学生との身体的密着度合いが非常に大きい写真等、教育上不適切と思われる多数の写真が公開状態で保存してあることが,教育用サーバ上で発見された。原告は、「不適切な写真が拡散するのを防ぐため」にサーバを緊急停止した。このとき、原告は、教育用サーバの停止は、学内の規程に基づいて行った。
争点3 副学長の研究不正を調査するように学長に強く働きかけたこと
【大学側の主張】副学長の研究不正を調査するように学長に強く働きかけた。その結果,危機管理委員会が開催され,「副学長らが目的外使用していた共同利用室」に、学長名で使用停止指示が出された。
【原告の主張】大学内で、不適切な教育施設の目的外使用や不明朗なお金の流れが存在していたことは事実なので、適切な理由で危機管理委員会が開催された。そもそも危機管理委員会の委員長は学長であり,招集権者は学長である。仮に危機管理委員会の手続きに問題があったとしても,原告の責任が追及される理由がない。